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神戸家庭裁判所 昭和50年(少)5475号 決定

少年 J・J(昭三二・五・二一生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

当裁判所が昭和五〇年一〇月三一日なした少年を神戸保護観察所の保護観察に付する旨の処分はこれを取消す。

理由

(非行事実)

少年は、

第一  昭和五〇年一二月一七日午前雰時ごろ、神戸市○○区○○町○○○の○○川河川敷所在○本○郎方居宅付近の私設の板橋上を歩行中、酔余のうえ転倒し草履を紛失したことから、すぐさま右転倒の原因が右○本のたくらみにあると勝手に思い込んで腹を立て、同人方に赴き大声で「おい、お前とこの犬が今日買つたばかりの草履を片方くわえて来てるだろ。」「橋の下から俺の足を引張りやがつて。」等とわめき散らすうち、同人から少年の長兄と誤認されたうえ「うちに犬なんかおらへんわい。」「おまえが戸を壊すから寒くて寝られん。」等と返答されてますます立腹し、同人方の庭にあつた平材木(昭和五一年押第五二号の一および二。長さ約一m五五cm、厚さ約三cm、幅約七cm大のもの。)を手に持つて同人方居間に上り込んだところ、同人が助けを求めて屋外へ逃げ出たためいつそう激昂し、怒りのやり場に窮したあげく、傍にいた同人の内妻○家○と(当時八三歳)に対して怒りをぶつけるべく、所携の右平材木で同女の頭部・顔面・胸部・両腕等を当りかまわず強打・連打したうえ、逃げ迷う同女をなおも捕えてがむしやらに手拳で殴打し足蹴りにする暴行を加え、同女に右第三・四・五・六・七・八・九肋骨骨折、右尺骨・左撓骨骨折、全身打撲、頭部・顔面・両膝挫創、頭部外傷I型の傷害を負わせ、よつて昭和五一年一月一五日午前九時三五分ごろ、○○市○○町×番××号○○市立市民病院において、右傷害による滲出性胸膜炎により同女を死亡するに至らせ、

第二  前記○家○と対し前記暴行を働らいた際、前記○本○郎方居間において、憤激の情の赴くままに、同人の所有にかかるガラス戸および窓のガラス一八枚、石油ストーブ一台、螢光灯一本、電気毛布三枚、布とん二枚、毛布二枚、畳一枚、花つぼ一個(時価合計約九万四、八九〇円相当)を所携の前記平材木で叩いて損壊したうえ、屋外に出て同人所有の植木鉢五個(時価約二、九〇〇円相当)を右平材木で叩いたり所かまわず投げつけて破壊した

ものである。

(適用法令)

第一の事実(傷害致死)につき刑法二〇五条一項

第二の事実(器物損壊)につき同法二六一条

(処遇意見)

一  何ら落度のない隣人の一老女を死亡させた本件結果はいうまでもなく重大である。また、被害者はほとんど無抵抗の状態で、上記のような激しい暴行を加えられたものであつて、その行為態様も極めて残忍かつ悪質である。

二  当裁判所は、主として本件犯行の動機に不審な点があることおよび暴行の程度に異常な激しさがあることに着眼して、昭和五一年一月二〇日鑑定留置決定をし、少年の精神状況について鑑定を命じたものであるが、当庁技官加藤董香作成の同年三月二三日付鑑定書に加えて当庁調査官三室道子作成の同年一月一九日付少年調査票および同月一三日付鑑別結果通知書ならびに審判の結果を総合して考察すれば、本少年については未だ精神障害とはいえないが人格発達の全般的な遅滞が顕著にみられ、ことに人間・社会との結合欲求の薄い孤立的な少年であることが認められる。

そして、本件犯行の動機および暴行の程度の激しさについても、右鑑定書に詳記のとおり、社会的不適応人格の持ち主の集まりである家庭環境が少年にとつて他罰的な被害感情を助長させ、暴力や破壊的な行動に対する抵抗感を鈍麻させていたこと、ことに長兄から受ける暴力行為や近親相姦的な行為の強要等の被害体験がその代償として無抵抗の対象への暴力を肯定する性格傾向をいつそう強めさせていたこと、加うるに、自衛隊勤務の経験により稼働の意欲と他者への共有感情の移入という人格的発達の萠芽が芽生えたが、このことがかえつて実父および長兄の生き方と真向から対立することとなり、少年にとつて新たな精神的緊張と焦躁感とを生み出す結果となつていたこと、少年は、本件非行当時右のような葛藤から内心いらいらしていたうえ、多量の飲酒によりいわゆる複雑酩酊の状態にあつたこと、そして隣人の上記○本○郎に対してはさほど悪感情を抱いてはいなかつたが、従前から上記板橋の修繕等の件で少年の実父方との間に多少もめ事があつたところ、右のような酩酊状態で転倒したことから直ちに右○本の仕業と思い込み、感情抑制の低下したまま同人と口論をするうち、特に同人から自分の怨むべき存在である長兄と誤認されたこと等から怒りの感情をますます高ぶらせていつたあげく、逃出避難した同人の替りに無抵抗の本件被害者に怒りをぶつけるに至つたこと等の諸事情に鑑みるとき、本件における少年の一連の行動を理解することは可能なのである。

三  しかしながら、右にみた少年の人格および家庭環境の特異性は、同時にまたその更正の極めて困難なことを裏付けるものであつて、本件事案の重大性(なお、現在まで被害の方途も全く講じられていない。)や少年の年齢に徴すれば、現時点において検察官送致の措置をとることも十分に考えられるところではあるが、他方、上記のとおり、少年の人格は未だ発達遅滞の状態にあるうえ、最近においては両親・同胞に比し生産的な人格発達の萠芽がみられる事実に着目し、むしろこの際少年を中等少年院に送致し、強力な保護体制のもとで、時間をかけて精神的緊張感と焦躁感の解消を図るとともに、集団生活を通じて基礎的な対人関係のあり方を学習させ、社会適応能力をしつかりと身につけさせることが、少年の更正にとつて最も妥当な措置であると考えられるのである。

よつて、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条三項、少年法二七条二項をそれぞれ適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 大和陽一郎)

編注 (事件の経過-身柄関係を中心として)

昭和五〇年一二月二五日 ○検察庁から事件送致(身柄付)

○観護措置決定

昭和五〇年一二月二六日 ○審判開始決定

昭和五一年一月六日   ○観護措置更新決定

昭和五一年一月二〇日  ○第一回審判

○鑑定命令

○鑑定留置決定-執行

(場所 神戸少年鑑別所 期間 昭和五一年二月一九日まで)

○観護措置取消決定

昭和五一年二月二日   ○鑑定留置場所変更決定-執行

(場所 神出自鷺サナトリウム)

昭和五一年二月六日   ○鑑定留置場所変更決定-執行

(場所 神戸少年鑑別所)

昭和五一年二月一八日  ○鑑定留置延長決定

(期間 昭和五一年三月一九日まで)

昭和五一年三月一五日  ○鑑定留置延長決定

(期間 昭和五一年三月二九日まで)

昭和五一年三月二九日  ○観護措置決定

○鑑定留置取消決定

○第二回審判

中等少年院送致決定

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